【エピソード49】アンジロウ―ザビエルを日本に導いた薩摩人―
アンジロウ―ザビエルを日本に導いた薩摩人―
戦国時代の日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは有名ですが、そのザビエルが日本に赴いたきっかけについては、あまり知られていません。
1534年8月、イグナティウス・デ・ロヨラやザビエルを中心とした7人の同志が、パリのモンマルトルの丘にあるサン・ドニの地下聖堂で、清貧・貞潔(ていけつ)・聖地巡礼の3つの誓願を立て、イエズス会が実質的に誕生しました。イエズス会に対し、ポルトガル国王ジョアン3世は、植民地インドへの宣教師の派遣をローマ教皇を介して要請します。ロヨラは早速、2人の人物(シモン・ロドリゲスとボバディーリャ)を人選してインドへ派遣しようとしますが、出発直前にボバディーリャが熱病に罹患(りかん)します。そこでロヨラは、急遽(きゅうきょ)代役としてザビエルを抜擢したのです。要請を受けたザビエルは、早々に渡航支度を調えて船の出航地リスボンでジョアン3世に接見し、1541年4月に出立しました。
ザビエルを乗せた船は、アフリカ大陸西岸を南下して喜望峰を迂回し、翌1542年5月6日にインド西海岸中央部のゴアに到着。1547年12月には、東南アジアのマラッカの教会で、アンジロウという薩摩出身の人物に出会い、東アジアにある日本という国の存在を認知します。
ザビエルは自らの書簡にこう書いています。「ポルトガル商人たちとともに、アンジロウと呼ぶ一人の日本人が来ました。彼はマラッカから日本へ行ったポルトガル商人が私のことを話したのを聞いて、私を探してここまで来たのです。……(略)……彼は私たちの教理を知りたいと熱望して、私に会いに来たのです。彼はかなりポルトガル語を話すことができますので、私が言ったことを理解しましたし、私もまた彼の話が分かりました。もしも日本人すべてがアンジロウのように知識欲が旺盛であるなら、新しく発見された諸地域のなかで、日本人はもっとも知識欲の旺盛な民族であると思います」。
ザビエルはアンジロウの豊かな語学力と旺盛な知識欲を認め、また、ポルトガル商人から聞いた日本人の民族性に関する情報から、インド以上の改宗成果があがると確信をもったのです。
こうしてザビエルは、1549年6月24日にマラッカを出帆し、8月15日に鹿児島に上陸。以後、1551年11月15日までの2年3ヶ月の間、鹿児島から平戸、山口、堺、京都、そして最終滞在地の府内(大分市)まで、西日本の主要都市を精力的に廻って宣教活動を繰り広げていきました。
1534年8月、イグナティウス・デ・ロヨラやザビエルを中心とした7人の同志が、パリのモンマルトルの丘にあるサン・ドニの地下聖堂で、清貧・貞潔(ていけつ)・聖地巡礼の3つの誓願を立て、イエズス会が実質的に誕生しました。イエズス会に対し、ポルトガル国王ジョアン3世は、植民地インドへの宣教師の派遣をローマ教皇を介して要請します。ロヨラは早速、2人の人物(シモン・ロドリゲスとボバディーリャ)を人選してインドへ派遣しようとしますが、出発直前にボバディーリャが熱病に罹患(りかん)します。そこでロヨラは、急遽(きゅうきょ)代役としてザビエルを抜擢したのです。要請を受けたザビエルは、早々に渡航支度を調えて船の出航地リスボンでジョアン3世に接見し、1541年4月に出立しました。
ザビエルを乗せた船は、アフリカ大陸西岸を南下して喜望峰を迂回し、翌1542年5月6日にインド西海岸中央部のゴアに到着。1547年12月には、東南アジアのマラッカの教会で、アンジロウという薩摩出身の人物に出会い、東アジアにある日本という国の存在を認知します。
ザビエルは自らの書簡にこう書いています。「ポルトガル商人たちとともに、アンジロウと呼ぶ一人の日本人が来ました。彼はマラッカから日本へ行ったポルトガル商人が私のことを話したのを聞いて、私を探してここまで来たのです。……(略)……彼は私たちの教理を知りたいと熱望して、私に会いに来たのです。彼はかなりポルトガル語を話すことができますので、私が言ったことを理解しましたし、私もまた彼の話が分かりました。もしも日本人すべてがアンジロウのように知識欲が旺盛であるなら、新しく発見された諸地域のなかで、日本人はもっとも知識欲の旺盛な民族であると思います」。
ザビエルはアンジロウの豊かな語学力と旺盛な知識欲を認め、また、ポルトガル商人から聞いた日本人の民族性に関する情報から、インド以上の改宗成果があがると確信をもったのです。
こうしてザビエルは、1549年6月24日にマラッカを出帆し、8月15日に鹿児島に上陸。以後、1551年11月15日までの2年3ヶ月の間、鹿児島から平戸、山口、堺、京都、そして最終滞在地の府内(大分市)まで、西日本の主要都市を精力的に廻って宣教活動を繰り広げていきました。
伝アンジロウ墓(鹿児島県伊集院町)


