大学教授が語るドラッカー経営の本質(28)
成果責任の理論構造⑤ 『経営者の条件』主体水準の責任
これまで、制度が成果責任の原理を定め、実践がそれを行為へ転換し、社会が成果の基準を規定することを示してきた。しかし制度も実践も、それ自体が意思決定するわけではない。時間を配分し、選択し、行為するのは具体的な人間である。今回は『経営者の条件』から、成果責任が最終的に帰属する主体水準を検討する。主体は制度の外部に存在するのではなく、制度を成立させる内在的条件として位置づけられる。
ドラッカーが本書で論じる成果をあげる能力は、性格や才能ではない。時間を管理し、貢献に焦点を合わせ、強みを生かし、優先順位を定め、意思決定するという実践によって獲得される。重要なのは、これらを自己啓発の技法として読むのではなく、成果責任を主体が引き受けるための条件として捉えることである。
とりわけ「貢献」への問いは、主体を組織内部の仕事から外部の成果へと向ける。何をしたかではなく、何に貢献したかを問うことによって、個人の行為は組織の目的、さらに社会的成果へ接続される。したがって自己管理とは、自らを効率化する技法ではない。制度が求める成果を自らの意思決定として引き受ける、責任の内面化なのである。
ここには、制度と主体をめぐる重要な理論問題がある。制度は主体の行為を方向づけるが、制度だけで行為を決定することはできない。主体は制度のもとで判断しながら、その判断によって制度を維持し、ときに変更する。この循環は、Giddens(1984)の構造化理論における「構造の二重性」と比較できる。構造は行為を方向づける一方、主体の行為を通じて再生産されるからである。
ただしドラッカーは、この関係を抽象的社会理論ではなく、成果を生み出すマネジメントの実践原理として捉える。成果責任を引き受けた主体の意思決定が組織の実践を変え、その結果が制度を再形成する。主体は制度に従属する存在でも、制度から独立した存在でもない。制度を成立させ、同時に変化させる主体なのである。
ここで四水準構造は閉じると同時に、再び開かれる。社会が成果基準を規定し、制度がそれを原理化し、実践が具体化し、主体が責任を引き受ける。しかし主体は構造の終点ではない。その行為は制度を再規定し、制度は再び社会から正統性を問われる。
『経営者の条件』の理論的意義は、成果をあげる個人の方法論を示したことだけではない。抽象的な組織責任を具体的主体へ帰属させ、制度論と主体論を接続した点にある。成果責任は主体に帰属し、主体の行為は制度へ還流する。ここに四水準を循環させる再帰性が生まれる。
本稿の核心はこれである。
ドラッカーが本書で論じる成果をあげる能力は、性格や才能ではない。時間を管理し、貢献に焦点を合わせ、強みを生かし、優先順位を定め、意思決定するという実践によって獲得される。重要なのは、これらを自己啓発の技法として読むのではなく、成果責任を主体が引き受けるための条件として捉えることである。
とりわけ「貢献」への問いは、主体を組織内部の仕事から外部の成果へと向ける。何をしたかではなく、何に貢献したかを問うことによって、個人の行為は組織の目的、さらに社会的成果へ接続される。したがって自己管理とは、自らを効率化する技法ではない。制度が求める成果を自らの意思決定として引き受ける、責任の内面化なのである。
ここには、制度と主体をめぐる重要な理論問題がある。制度は主体の行為を方向づけるが、制度だけで行為を決定することはできない。主体は制度のもとで判断しながら、その判断によって制度を維持し、ときに変更する。この循環は、Giddens(1984)の構造化理論における「構造の二重性」と比較できる。構造は行為を方向づける一方、主体の行為を通じて再生産されるからである。
ただしドラッカーは、この関係を抽象的社会理論ではなく、成果を生み出すマネジメントの実践原理として捉える。成果責任を引き受けた主体の意思決定が組織の実践を変え、その結果が制度を再形成する。主体は制度に従属する存在でも、制度から独立した存在でもない。制度を成立させ、同時に変化させる主体なのである。
ここで四水準構造は閉じると同時に、再び開かれる。社会が成果基準を規定し、制度がそれを原理化し、実践が具体化し、主体が責任を引き受ける。しかし主体は構造の終点ではない。その行為は制度を再規定し、制度は再び社会から正統性を問われる。
『経営者の条件』の理論的意義は、成果をあげる個人の方法論を示したことだけではない。抽象的な組織責任を具体的主体へ帰属させ、制度論と主体論を接続した点にある。成果責任は主体に帰属し、主体の行為は制度へ還流する。ここに四水準を循環させる再帰性が生まれる。
本稿の核心はこれである。
中部経済新聞 2026年10月14日掲載

Takuya Mizukami
コモドオオトカゲ (2025年)


