大学教授が語るドラッカー経営の本質(26)
成果責任の理論構造③ 『イノベーションと企業家精神』実践水準の動態化
前回は、『マネジメント』を制度水準に位置づけ、成果責任が組織の存立と正統性を支える規範原理であることを示した。しかし、原理は存在するだけでは成果を生まない。今回は『イノベーションと企業家精神』から、成果責任が具体的行為へ転換される実践水準を検討する。
ここでいう実践は、制度が定めた原理を忠実に「実行」する段階ではない。むしろ、制度原理が現実に成果を生みうるかを検証する場である。そのため本書は実践層に位置づき、成果責任の原理を動態化する理論的機能を担う。
ドラッカーはイノベーションを、天才的なひらめきや偶発的発明ではなく、体系的かつ意図的な実践として捉える。七つの機会も、変化を偶然として受け止めるのではなく、人口、市場、産業、認識などの変化を構造的に観察する方法である。制度が社会的成果に責任を負う以上、外部環境の変化を見過ごすことはできない。したがってイノベーションは、成果責任を実現するための実践形態となる。
この理解は、Schumpeterの企業家論との比較によって明確になる。Schumpeterは企業家を革新の担い手として捉え、「創造的破壊」によって既存の経済構造が再編される過程を示した。これに対しドラッカーは、企業家精神を特別な個人の資質ではなく、組織の中に制度化できるpractice(実践)として再定義する。ここには、企業家概念の主体性をめぐる重要な理論的差異がある。
さらに重要なのは、実践が制度から一方向に導かれるのではない点である。イノベーションの成功や失敗は、それまで制度が前提としてきた成果の定義が妥当であったかを問い返す。社会的条件が変化すれば成果の意味も変わり、実践はその新たな基準を試す場となる。成果責任は実践を方向づけると同時に、実践によって検証されるのである。
ここに四水準モデルの動態性が現れる。制度が実践を規定し、実践が制度を再形成する。 企業家精神が組織に制度化されれば、変化への対応は一部の革新的個人に依存せず、組織そのものの能力となる。成果責任も個人の心構えではなく、変化を探索し成果を更新する構造的条件となる。しかも、その成果は次の制度設計へと還流する。実践は制度の結果であると同時に、制度を更新する原因ともなるのである。
『イノベーションと企業家精神』の理論的意義は、革新の方法を示したことだけではない。制度水準で確立された成果責任を行為へ転換し、その結果によって制度を再び問い直す循環を形成した点にある。実践水準が、四水準構造に動態性をもたらす。
本稿の核心はこれである。
ここでいう実践は、制度が定めた原理を忠実に「実行」する段階ではない。むしろ、制度原理が現実に成果を生みうるかを検証する場である。そのため本書は実践層に位置づき、成果責任の原理を動態化する理論的機能を担う。
ドラッカーはイノベーションを、天才的なひらめきや偶発的発明ではなく、体系的かつ意図的な実践として捉える。七つの機会も、変化を偶然として受け止めるのではなく、人口、市場、産業、認識などの変化を構造的に観察する方法である。制度が社会的成果に責任を負う以上、外部環境の変化を見過ごすことはできない。したがってイノベーションは、成果責任を実現するための実践形態となる。
この理解は、Schumpeterの企業家論との比較によって明確になる。Schumpeterは企業家を革新の担い手として捉え、「創造的破壊」によって既存の経済構造が再編される過程を示した。これに対しドラッカーは、企業家精神を特別な個人の資質ではなく、組織の中に制度化できるpractice(実践)として再定義する。ここには、企業家概念の主体性をめぐる重要な理論的差異がある。
さらに重要なのは、実践が制度から一方向に導かれるのではない点である。イノベーションの成功や失敗は、それまで制度が前提としてきた成果の定義が妥当であったかを問い返す。社会的条件が変化すれば成果の意味も変わり、実践はその新たな基準を試す場となる。成果責任は実践を方向づけると同時に、実践によって検証されるのである。
ここに四水準モデルの動態性が現れる。制度が実践を規定し、実践が制度を再形成する。 企業家精神が組織に制度化されれば、変化への対応は一部の革新的個人に依存せず、組織そのものの能力となる。成果責任も個人の心構えではなく、変化を探索し成果を更新する構造的条件となる。しかも、その成果は次の制度設計へと還流する。実践は制度の結果であると同時に、制度を更新する原因ともなるのである。
『イノベーションと企業家精神』の理論的意義は、革新の方法を示したことだけではない。制度水準で確立された成果責任を行為へ転換し、その結果によって制度を再び問い直す循環を形成した点にある。実践水準が、四水準構造に動態性をもたらす。
本稿の核心はこれである。
中部経済新聞 2026年9月30日掲載

Takuya Mizukami
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