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国際文化学部

第3部 宗教が枠づける地域


(1)梁武帝の捨身と戦争  会田大輔

[論文要約]
中国の南北朝時代には仏教が流行した。なかでも南朝梁の武帝は仏教に傾倒した皇帝として知られている。彼は自身の肉体を寺院に喜捨する捨身を四回行った。近年、梁武帝の仏教政策や捨身の研究が進み、その淵源や目的が解明されつつある。本稿では、捨身の行なわれた時期に注目し、捨身と戦争の連動性を検討することで、捨身の目的を再確認する。

[著者プロフィール(本書刊行時)]
あいだ・だいすけ―明治大学等兼任講師。専門は中国史(南北朝隋唐)。主な著書・論文に『南北朝時代―五胡十六国から隋の統一まで』(中公新書、二〇二一年)、「墓誌の中の戦争―北朝末における戦争記憶の一斑」(『歴史学研究』一〇五五、二〇二四年)、「女たちの周隋革命」(『史潮』新九七、二〇二五年)などがある。

(2)「大東亜戦争」とアチェの抗日反乱  佐伯奈津子

[論文要約]
アジア太平洋戦争終結から八十年が経ち、その記憶や教訓の継承が課題となるなか、いわゆる「解放史観」が支持を集めるようになっている。「大東亜戦争」で特別な役割を果たし、「解放史観」の論拠ともなっているインドネシア・アチェで起きた二つの抗日反乱をとおして、「大東亜戦争」を再検討し、アチェ(インドネシア)と日本の歴史認識の違いを明らかにする。

[著者プロフィール(本書刊行時)]
さえき・なつこ―名古屋学院大学国際文化学部教授。専門はインドネシア地域研究。主な著書に『アチェの声―戦争・日常・津波』(コモンズ、二〇〇五年)、共著に『交錯する宗教と民族―交流と衝突の比較史』(勉誠出版、二〇二一年)、『日本に暮らすムスリム』(明石書店、二〇二四年)などがある。


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アチェ戦争の「殉教者」を記念した碑(インドネシア)
1902年、オランダ軍の襲撃により戦死した8名を、「国家の花」(英雄)として祀っている。アチェでは近年、こうした殉教者を記念する施設が増加しているという。(佐伯論考参照)

(3)『《世界》がここを忘れても―アフガン女性・ファルザーナの物語』のその後―ターリバーンの復権以後の決意と抵抗、そして連帯  清末愛砂

[論文要約]
本稿は、国際的にもアフガニスタンのフェミニスト団体として知られているRAWA(アフガニスタン女性革命協会)の姉妹たちとの〈連帯〉関係の構築をライフワークとしてきた筆者の視点から、RAWAの長年の闘争を支える発想や活動方針、姉妹たちの決意や葛藤を描くものである。交流の積み重ねゆえに見えてきたRAWAをめぐる物語である。

[著者プロフィール(本書刊行時)]
きよすえ・あいさ―室蘭工業大学大学院工学研究科教授。専門は憲法学(特に二十四条の平和主義)、ジェンダー法学、アフガニスタンのジェンダーに基づく暴力と女性運動。主な著書に『ペンとミシンとヴァイオリン―アフガン難民の抵抗と民主化への道』(寿郎社、二〇二〇年)、『平和に生きる権利は国境を超える―パレスチナとアフガニスタンにかかわって』(共著、あけび書房、二〇二三年)、『北海道をひらく平和学―私たちの〈いま〉をとらえる』(共編著、法律文化社、二〇二五年)などがある。

[コラム]
アフガン人の親友と絆を築く喜び―友情とシスターフッドを求めて 清末愛砂

(4)戦争花嫁、豪日結婚から豪比結婚へ  佐竹眞明

[論文要約]
第二次世界大戦の後の七年間、日本は戦勝国の占領下に置かれた。敵国であったオーストラリア兵と日本女性が恋に落ちて、子どもをもうけ、結婚した。彼らは家族で母国に戻り、幸せな一生を送った。一方、二人の子どもは二回の離婚を経て、フィリピン女性と結婚した。その時も宗教的違いを寛容の精神で乗り切っている。本稿では、両結婚に共通する宗教的寛容さを明らかにする。

[著者プロフィール(本書刊行時)]
さたけ・まさあき―名古屋学院大学国際文化学部教授。専門はフィリピン研究、国際移民論、開発経済論。主な著書に『フィリピンの地場産業―鍛冶屋と魚醬』(明石書店、一九九七年)、編著に『国際結婚と多文化共生―多文化家族の支援にむけて』(金愛慶氏との共編著、明石書店、二〇一七年)がある。


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