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建学の精神


NGUには、優しくて厳粛なキリスト教主義大学の時間とそして空間があります。

建学の精神と共に受け継がれる120年あまりの伝統が息づいています。

ニューヨークのマンハッタンにそびえる「自由の女神」が、アメリカ独立100周年を祝って、フランスからプレゼントされたのは1886年のこと。そしてその翌年1887年に、本学の前身である名古屋英和学校が創立されました。創立者はフレデリック・チャールズ・クライン博士。アメリカのメソジスト教会の若き宣教師でした。
クライン博士は、1857年に首都ワシントンに生まれ、大学院修了後、メソジスト・プロテスタント教会より日本に派遣されました。1883年に日本で伝道を開始した彼は、横浜での伝道を軌道に乗せると、当時はプロテスタント未踏の地とも言えた名古屋での伝道を熱望したのです。そうして設立されたのが名古屋英和学校でした。

NGUの前身となる名古屋英和学校の創立者、フレデリック・C・クライン博士。アメリカ出身のメソジスト・プロテスタント派の宣教師

1890年に南武平町に新築された名古屋英和学校の校舎。当時としては珍しい本格的西洋建築で、「隣の県庁よりも立派」と評された。

クライン博士の掲げた精神「敬神愛人」

創立者クライン博士が、建学の精神として定めた「敬神愛人」。人間のおごりを戒め、人との調和を説いている。

クライン博士が建学の精神としたのが「敬神愛人」という言葉です。聖書には「主を畏れることは知恵の始めである」とあり、人間のおごりを戒めています。そして「隣人を自分のように愛しなさい」と、一人では生きていけない人間だからこそ、他者を愛すことの大切さを説いています。この「敬神愛人」を英語で表現すると“Fear God Love People.”神を敬うことが“fear”、すなわち「畏れよ」という意味であることに、現代に生きる私たちは気づく必要があります。人間のおごりを戒め、人との調和を説く、この「敬神愛人」の精神は、本学の歴史の中にしっかりと根をはり、今も息づいているのです。

初代学長の言葉「幽玄啓明」

初代学長の言葉

大学はなにをするところであるか。「真理を探究し、人格を陶冶(とうや)する」という言葉につきると思うのであります。聖書に「求めよ、そうすれば与えられるであろう。」というイエス・キリストの言葉がありますが、真理が何であるかを知るためには、それを求め、探求しなければなりません。
私はしばしば「真理は隠されているものである」と申します。道端にころがっておる石のように、また商品のように、誰にでも目につき、お金を出せばすぐに買えるようなものではありません。「真理」はどこにあるかわからない隠されたものであります。さればこそ、探求し、さがし求めなければなりません。大学に入りましてのちは、諸君自らが隠された真理を探究するという態度が必要であります。
ところでその真理は、先ほどの聖書の言葉にありますように、求めるものには与えられる。新たに開かれる。「幽玄啓明(ゆうげんけいめい)」という言葉を私は使うのですが、真理は隠されている、すなわち「幽玄」である。けれども隠されたものが、いつまでもわからないままでは、これまた真理の値打ちもありません。
真理は、それを求めるものに明らかに啓示、すなわち「啓明」されてまいります。そこに私ども、真理を探究する者の望みがある。
この「幽玄」と「啓明」という言葉をあわせて、「幽玄啓明」ということを私自身、わが名古屋学院大学の一つの理念にしたいと思っているのであります。真理を追究して、それを明らかにしていくところに、わが大学の本当の値打ちがある。
私が学生のころ、最初に学びました経済学の書物で「人間生活を根本的に動かすところの動因に、宗教と経済がある」と書かれてあるのを知って感銘をうけたのでありますが、まことにそのとおりであります。
神を愛し、神を敬い、人を愛する、すなわち「敬神愛人」ということがキリスト教主義大学として建学された名古屋学院大学の建学の精神であります。そしてこの「幽玄啓明」と「敬神愛人」ということが相通ずるのである。宗教と経済、諸君は幸いにしてこの二つの動因を結びつけたこの大学で学ばれるのであります。
(「幽玄啓明(1980.2刊)」より抜粋)
初代学長 福田敬太郎

内村鑑三の掲げた精神「楽しく学ぶ」

高名なキリスト教思想家である内村鑑三も、NGUの前身である名古屋英和学校で教鞭をとり、大きな足跡を残した。
「講演前の内村鑑三の仰瞻(ぎょうせん)」 画 / 石河光哉

高名なキリスト教思想家である内村鑑三が、名古屋英和学校に赴任したのは1896年のことです。彼はここでの教員生活を、当時、札幌農学校の教授であった新渡戸稲造(後の国際連盟事務次長、旧五千円札の肖像としても有名)に、こう書き送っています。「僕はエンジョイし居れり、嘗て教えたる何ものよりも以上に其をエンジョイし居れり…」と。楽しく教え、楽しく学ぶという本校の校風は、この内村鑑三から発しているのかもしれません。

内村鑑三の自筆墓碑銘には、「私は日本のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために」とある。