12月22日(火)午後5時から名古屋キャンパス白鳥学舎チャペルにおいて「2009年名古屋学院大学クリスマス礼拝」が開催されました。
オルガンが奏でる美しい音色の中、参加者一人一人が手に持つキャンドルに火が点火されるとチャペル内は荘厳な雰囲気に包まれ、静かに礼拝がとりおこなわれました。礼拝は司式者の聖書朗読、そして参列者一同によってクリスマスの讃美歌が歌われ、その後「歴史のただ中に生れたイエス」と題して、日本キリスト教団八幡ぶどうの木教会千葉宣義牧師より説教がなされました。
礼拝には学生と教職員のほか、年に一度のこのクリスマス礼拝を楽しみにしておられる一般市民の方もたくさん参加され、キリスト教主義大学ならではのクリスマスを参列者一同かみしめた夜となりました。
聖書朗読
―イザヤ書 9章1節
闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
―マタイによる福音書 1章18節
イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
―ルカによる福音書 2章1~7節
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリアの総督であった時に行なわれた最初の住民登録である。人々は皆、登録をするためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムいうダビデの町へ上っていった。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
―ルカによる福音書 2章8~20節
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
すると突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
―ヨハネによる福音書 3章16~17節
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
説教・祈祷
日本キリスト教団八幡ぶどうの木教会 千葉宣義 牧師
歴史のただ中に生まれたイエス
イエスは時代のただ中で生まれましたが、イエスの誕生物語の背景の中で共通しているのは、人に知られずに生まれたということです。ルカによる福音書には、イエスの誕生を知らされたのは野宿をしている羊飼いと記されています。おそらく当時の社会的環境の中では、最も困難な生活を強いられた人々だったでしょう。現在では世界中がクリスマスを祝っていますが、イエスは人知れず誕生しました。
イエスの生涯は「逆転のメシア」と名付けることができるのではないかと思います。イエスはガリラヤという地方で病の人を癒し、貧しい人を励まし、罪人のレッテルを張られた人たちを解放したと、福音書に記録されています。当時のユダヤの宗教的指導者はこれを嫌い、イエスを殺そうと十字架刑に処しますが、そのイエスを多くの人々が信仰していくようになります。イエスは馬小屋で生まれ、多くの人に誕生を知られることなく、そして時の支配者のもとに生まれました。
クリスマスには、イエスの誕生の意味について考えることができるかと思います。私たちが今おかれている社会は、さまざまな問題を抱えています。3ヵ月ほど前に新しい政権が生まれ、戦後60年を過ぎて、はじめて民意による政権交代が起こったと報じられています。その民意、私たちの意識をどのように生かし、ひとりひとりが大事にされる社会を一歩でも進めることができるか。それが私たちの大きな課題ではないかと思います。ひとことお祈りをいたします。
祈祷
神様、今日はこの名古屋学院大学のクリスマス礼拝に参加することができましたことを感謝いたします。
私たちの時代も混沌とし、さまざまな問題が山積みになっています。困難なところに立たされた人、貧しいところに立たされた人、苦しい病の中にある人々、飢えと貧しさに苦闘している人々。どうぞ私たちひとりひとりが大切にされる社会を、一歩でも進めて行くことができますように。どうぞ私たちの弱い力を支え、願いを少しでも実現することができますように。この大学に集うひとりひとりの学生、日々の生活を守り、導き、それぞれの心の中にある使命が十分に達成されますように。
このことを心からお願いいたします。アーメン
吹奏楽部の学生による演奏
サックス 光田健至「アメージンググレイス」
フルート 片山三郎「きよしこの夜」
ピアノ 山口智史
祝祷
日本キリスト教団八幡ぶどうの木教会 千葉宣義 牧師
今日もまた私たちひとりひとりの命が支えられ、希望を持って生活できますように。願わくは飢えと貧しさの中で苦闘を強いられている人々に日ごとの糧をそなえ、あなたのお守りと希望が与えられますよう。願わくは病の床にある者、さまざまな苦しみ悩みに直面している人々に癒しと慰めが与えられますよう。
名古屋学院大学のクリスマスにおいて、どうかあなたの恵みと愛と平和とが、ここに集う私たちひとりひとりの上にいつまでも豊かにありますように。アーメン